.昼に起きて湘南台へ。歯医者と床屋。銀行で家賃振り込もうとおもったら各種引き落としに先制攻撃され、振り込み出来ず。なんでこんなに貧乏なのかしらん………。WithYouビジュアルファンブックとサッカーマガジンを買ってから大学。成績証明書の記載ミスを報告したり、研究室に旅行みやげをもっていったり、貸していた本を返してもらったり、研究室の掃除をしたりする。うーん、これでしばらく研究室に来ることも無くなるのかー、と思うと感慨深い。んで、研究室の皆様と晩飯してから、遠山さんに送ってもらう。
.どれみ関係の発売元がスターチャイルドに移っていたので不思議に思っていたのだが、バンダイミュージックは会社解散だそーな。既発売分CDは一体どうなるのだろーか。うーむ。
.転居届け出したり自転車買ったり本棚買ったり。本棚ってのも、安いのと高いのでは雲泥の差がある。しっかし、配達されるのが10日後なのでそれまで部屋が片づかないのは困りもの。久々に自転車で走り回ったが、楽しいんだけど体力不足を痛感する。「おジャ魔女はココにいる」を無限ループ状態。良すぎ。で、今日を唐突にアニメ消化デーに指定したので、たまっている作品を見始める。やるべき事はいっぱいあるのだが、これ以上アニメをためるわけにはいかない………。4月新番の為にも………。ていうか、なんでそこまでしてアニメ見ますか>オレ
.だぁ!だぁ!だぁ!、#1。色々と雑然とした設定が多いために、かなり損をしている1話。説明をしないわけにはいかないが、説明だけだとさっぱり面白くないからね。2話以降は、いつもの桜井演出もバリバリ見られそうだし、楽しそうな話になりそうな気がしている。それにしても、千葉千恵巳の声は下僕度高いっつーか。ラブリィですうぅぅ。それと、主人公の光月未夢役の名塚佳織って、ララ・ルゥとかおじゃる丸のハムスターをやってた人だよね。静か目のキャラクターの時は結構いい感じなのだけど、まだこういうしゃべりまくりキャラをやるのは慣れてないみたい。でも、慣れてないだけでポテンシャルは高そうだよ。
.地球防衛企業ダイ・ガード、#23。佐藤竜雄絵コンテ。ロボットのある世界の、ロボットの無い日常。こういう話がちゃんとある事は、地に足をつけたロボットアニメとして、とても重要なことだ。山田一郎君がゲスト出演。これも、もう一つの、ダイゴウジ・ガイ的精神の相対化の仕方、なのかな。
.地球防衛企業ダイ・ガード、#24。これでいい、いいはず、いや、いいんだけど、それでも、この破局を強烈に印象づけられなかった所がすっっっっごく惜しい。なにかこう、全てがあまりにもあっさり終わってしまったせいで、大事なシーンも含めて、さらっと流れてしまった感じがする。この描写でも、もっともっと重く感じられても良いはずなのだが、うーん、なんでだろう。引っかかりが無さ過ぎるってのは、あると思うんだけど。
.地球防衛企業ダイ・ガード、#25。この手の作品って、色々やろうとして最終回近辺で破綻しがちですが、これは手堅い。やらなければならない事だけを堅実にやる事が、必要だと思うんです。もっとも、様々な部分に既視感を感じることも確かですが。そこらへんにこだわりが無いのが良いところ、なのかなあ。
.地球防衛企業ダイ・ガード、#26。難しい所を上手く避けちゃっていたのは確かなんだけど、うん、これはこれで良かったんだと思う。面白かったし。なんで戦うのか、などの部分をしっかり描いてくれるのは、とてもいい事だと思うんだよね。そういうちゃんとした社会的関係の部分を描かない作品ってとても多いから。難しい所を避けたってのはもちろん、相手が人間じゃないあたり、とかなんだけど。でも、そういうのは他でいくらでもやっていてくれてるわけだし。全部が革新だったり全部が保守だったりある必要は無くって、こういうのもあればああいうのもある、それでいいんでないでしょーか。
.おジャ魔女どれみ♯、#5。うぉ〜、関先生ってば超お嬢様だったんですねぇぇぇ(妄想)(←やめれ)。おてんばな所もきっとラブリーだったのでしょ〜ね〜。ああ、1カットでいいから過去のお姿を拝見いたしとうございましたぁぁぁ。んで、オヤジーデが唐突に退場。当然といえば当然な展開だが、ああいう奴でもいなくなると寂しいもんです。まー、今後、怪盗バージョンのオヤジーデが出てくる可能性は少なくないと思うけどね。
.おジャ魔女どれみ♯、#6。ラブリンオーラ全開のまりなちゃん話です。ていうか、もはや主人公待遇だし。ってなあたりは今更何も言うことが無いのである。去年の時点で良いキャラであることは分かりきっているのである。木村と3バカは大変少年らしくて良し。それと、矢田まさるは格好良すぎである。で、そういう所とはまったく関係なく、きょとんとしていたり魔法に失敗していたりするどれみがすごく可愛かったりするのだった。どれみは脇役をやっている時のほうがかえって可愛いのかもしれない。
.おジャ魔女どれみ♯、#7。ハナちゃんと本筋話は、なんつーか「本筋」って感じで、手堅く作られていた。それでよいのだ〜。ハナちゃんがいい感じに育ってきているというか、4人が知らない所で色々問題を起こしてくれるので、最初に思ってたよりずっと面白いコメディになっていると思う。それにしても、おんぷちゃんの子守歌を4人で一緒に歌う、ってのは破壊力バツグンです。はやくCDにならないかな〜。
.おジャ魔女どれみ♯、#8。あれがああなっちゃうなんて、時間ってなんて残酷なのかしらん………。まーそれはともかくとして。久々のおんぷちゃん主人公話!ていうか、おんぷちゃんラブ〜!!ラブ〜!!ラブ〜!!お母さんとケンカしてずーっと怒ってたり、わがままって感じじゃなくなったけど感情が押さえきれない所とか、やっぱりおんぷちゃん、いいですねっ!ねっ!ねっ!(←誰に言ってる誰に)。タイムスリップものと見せかけつつ、実はそうではないというのが結構トリッキー。最後のおんぷちゃんママの悪夢を消去するあたりは、幻想的演出できれいにまとめていて、こーゆーのメチャクチャ好きです。表現的には、悪夢を見ているおんぷちゃんのママを見るおんぷちゃんのシーンと、その悪夢の内容のシーンと、魔法を使っておんぷちゃんがママの失敗を見たシーンを重ね合わせていて。内容的には、「おんぷちゃんが歌を歌う使うことで、おんぷちゃんのママの悪夢を昇華する」という事と「おんぷちゃんにとっては、その事すらも夢なのかもしれない」という事を「魔法」を中間点にして結びつけていて。なるほど、おんぷちゃんとママの間の本来成立するはずのない関係をうまく表現していたと思います。まー、そんなことはどーでもよくって、とにかくおんぷちゃんがラブリィだったと言えるでしょう。今、こんなに可愛い子が他にいるだろうか。いやいない。
.つうわけで、どれみとダイ・ガードの消化終了。あと、12話くらいたまってるターンAが終われば手元にある分はおしまいかな。残りのアニメは、3月分を補完しないと見られないんだよね……。うーむ、どうしよう。
.どうでもいいけど、書いていることが今読んでいるものに影響されすぎ>オレ。でも、こればっかりは一朝一夕には直せません。
.朝早く起きて、学位授与式。式の様子はここらへんと同じ。まー、1年やそこらで変わるわけないわな。これで、学生生活もおしまいです。それにしても、修士(政策・メディア)っつー学位って、まあありがたみもあまり無いけど、それ以上に、はなはだしく流通性に欠けるよーな気が(←なにを言っている今更………)。夜は久々に関口とあってゲーム&アニメ話。最近あまり議論してないんで、久々にそーゆー話が出来て楽しかった。JTC「ブレーメンII」川原泉、HC「ドラゴン・ナイト」山口美由紀を買ってくる。
.無限のリヴァイアス、#26。リヴァイアスに皆がまた結集するというのは、あの極限状況の重さを軽くしてしまうのではないだろーか。もっともこれは、CDドラマ3向けにネタを保存してある可能性もあるので、それを待ってから結論を出したい。で、肝心かなめの部分。コウジの生き方ってのは、やる事を全てやった後の、最後の最後の最後の一線としての倫理みたいなものだ。でもそれが、単なる矮小な肯定性(「未来」ではなく「あした」を考えよう、無理をしないで着実にやろう)としてのみ扱われてしまうのであれば、そこからは、25話におけるコウジの「生死を賭けた微笑み(あらゆる種類の苛立ちを内にかかえつつ、それでも守らなければならない何かを守り通し、他者に伝えようとする姿勢)」の重さは出てこないと思うんだよね。でも、25話に至るまでのコウジの姿勢を(作品の中で)総括することはとても難しい。もしかしたら、総括出来ないものを無理にしようとするより、25話で終わらせてもいいくらいだったのかもしれないなぁ。………んで、結局のところ「コウジの存在はリヴァイアスにとって救いだったのか」という点に論点は絞られるわけですが、その観点から考えると、このエンディングはちっと甘めだったかな。25話段階では「単なる救いとしてのみ扱われるなら甘すぎ」だと考えていたのだが、その危惧は半分当たって半分はずれたと言える。コウジが25話の最後でとった行動を受け入れる人が存外に多かったのは、はっきりいって甘すぎだと思う。それでも、ファイナがそれを拒絶した事で、作品としてのスジはなんとかぴしっと通ったのではないだろうか。とにかく、この作品において「破滅も救いも等しく偶然に左右される極限状況(=自然状態)の中での(救いの確実性を求めることない)肯定的に生きる姿勢、その倫理の困難さと価値」が示されていた事は確かだと思うし、その価値は決して小さいものではないと確信している。この議論は掲示板に続く。かも。
.よく考えると、「今、そこにいる僕」と「無限のリヴァイアス」は、同テーマによる黒田洋介と倉田英之の競作なんですね。そういう観点からこの2つの作品を見ると、興味深い違いを色々な部分に感じることが出来ます。
.作品を評価することはとても難しい。好きか嫌いかなら趣味判断なので何を書いてもいいんだけど、良いか駄目かってのは最低限、何らかの理由が書かれてないとなにがなんだか分からないよね。いつも、自分の書くものにはスジを通してるつもりなんだけどねー。難しいね。
.休養中。サッカーマガジンを整理したりするが、96年分以降しか見つからず。昔の雑誌を読みふける。サイゾーも面白いけどWIREDの方がもっと面白かったなぁ、とか、昔のLOGINのノリは良かったなぁ、とか。うーん、後ろ向き。
.昼過ぎに起きる。パソコン周りの配線を2/3くらい終わらせる。うー、なかなか使いやすい配置にするのは難しい。それに、モノが多すぎるのでそもそも全てにアクセス出来るように配置する事自体が大変困難だ。プリンターをどこに入れて良いやら…。高校時代の友人が遊びに来る。プロバイダーをSFCからiij4uへ移行。メールアドレスが1つ増えたので、使い分けを考えなければ。んで、今更ながらWith Youで遊ぶ(←仕事しろ)。巫女さんバンザイ!!!菜織可愛いすぎ!!!
.昼過ぎに起きる。「アメリカの保守とリベラル」を読み始める。大学に行く。SFCって遠すぎ……。湘南台までならそれほど遠く感じないんだけどなあ。給料を受け取って、SFCアカウントの継続申請をして、んで、萩野先生から情報処理学会の手紙を受け取る。さーて、3月末までに原稿書かなきゃ。てゆーか、そもそも原稿以前の問題が山積してるんですけど………。ハープで、CD「機動戦艦ナデシコ・お洒落倶楽部」「機動戦艦ナデシコ・続・お洒落倶楽部」、SCD「おジャ魔女はココにいる」を買い、本屋でナンバー、花ゆめ、メロディ、「ニュータイプ100%コレクション・劇場版機動戦艦ナデシコ」、HC「カタリアツメベ探訪談[2]」天原ふおん、を買って帰ってくる。今更ながらナデシコで大散財。僕は真のナデシコファンなので(笑)、最近出てたドラマCDは宣伝文句(「真のナデシコファンは買わないでください」ってヤツ)に則り黙殺してたんですが、「魔法少女マジカル・ルリリン」に負けてついつい買ってきてしまいました(←だめじゃん)。魔法少女モノに弱いんです………。
.「ニュータイプ100%コレクション・劇場版機動戦艦ナデシコ」。描き下ろしイラストが何枚かあるんだけど、もーそろそろ絵柄が変わってきてルリがルリじゃなくなってきてるっつーか。まあ、全部後藤さんが描いているわけじゃないから仕方ないが、個人的ベストである「AX」の付録についていたポスター以上に衝撃的なイラストが、それ以降に無いというのもちょっと寂しい話である。内容的にはもう99%くらいどこかで見た資料ばっかりなんだけど、CDROM資料集やプレミアボックスを買って無い人なら買う価値はあるかな〜。
.CD「機動戦艦ナデシコ・お洒落倶楽部」。僕がこのCDを敬遠していたのはなにもパロディ作品だったからではない。それでも、面白く作ることは可能だ。しかし、今回のこれは、どこをどう見てもオフィシャルな流れに沿って真面目に作られたものではないように、一見、見える。なにせ、あのルリルリCD以上に同人ノリである(といっても、それだけで否定されるわけではない)。脚本を書いている大河内氏が既に4冊出していたナデシコ小説は、なんとも評価することが難しい(←便利な逃げ口上)作品だったし、とにかく、覚悟の上で聴いたわけである。とりあえず懐かしい曲が聴けたのはマル。しかし、Forever LoveがこのCDに収録されたということは、OPくらいしか評価する所がなかったサターン版ナデシコ2の存在価値が、ますます無くなってしまうよーな気がしないでもない。その他の歌も、好感が持てる、いい曲だとおもいまーす。下手バージョン「私らしく」は、既にCDROMの方に収録されてたものを再収録。ドラマはの方は………、いやぁ、声があるっていいなぁ………。無条件降伏でございます………。もう今更どうでもいいやぁ、と何度思っても出れば買っちゃうのだよな。相手が記号としてのみ存在するという事は、つまり、そういうことなんでしょーね。
.CD「機動戦艦ナデシコ・続・お洒落倶楽部」。「魔法少女ルリルリ」という言葉で買ってきてしまったので、ライナーノーツ見てひっくりかえったぞ。とにかく、なぜ東浩紀の解説があるのか謎。ていうか、これが劇場版のDVDとかにくっついているならまだ理解出来るのだが、なぜこのCDにくっついているのか。ああ、しかもCDの内容と全く関係無いしぃ!その上、肝心かなめの部分が語られてないんですけど………。東浩紀が佐藤竜雄をどういうふうに評価している事は既にだいたい分かっているので、會川昇によるナデシコの脚本をどう評価しているのか知りたいっす。ていうか、以上の記述はこのCDと全然関係ないやん!つうわけで本編ですが、ナデシコと何か別のものの境界線にあるっつーか(笑)いやー、こりゃまぁ、見事にストレートに同人!ですね〜〜〜。全く捻らないのが良い所なのかな?どうでもいいけど、全然魔法少女モノじゃなかったよ(笑)
.SCD「おジャ魔女はココにいる」。祝!MAHO堂へのおんぷちゃん加入!これであと、おんぷちゃんソロCDさえ出てくれれば、もうこの世に思い残すことはありません!嘘!OPの「おジャ魔女はココにいる」の方は、TVで聴くよりずっといい感じに聞こえるのはアレンジのせいかな。EDの「声をきかせて」も、すごくいい曲だよ!
.無限のリヴァイアス、#25(その2)。苛立つのは、あの結末が物語の「破滅一歩手前での(永遠の)一時停止」である以上、当然だと思う。ただ、あそこで「外部」からの介入が無ければ、リヴァイアスという一つの社会は、単に自壊して終わりだった。コウジは黙って殺される以外の選択肢を持たないし、コウジを殺した後のイクミは自らの正当性を失い暴走するしか無かったはずだ。状況が変わらない限り、絶対にそうなるしかなかった。その状況に至るまでの描写は(最後に若干駆け足になってしまったものの)十分緻密だったと言える。だから、僕は25話と25話までの展開をポジティブに受け入れている。しかし、26話を迎える前に、ここまでの展開において、結局のところどのようにコウジの生き方が肯定出来るのか、ちょっと考えてみる必要がある。まず考えなければならないのは、彼がとても難しい立場におり、かつ無力だったことである。コウジは、単に「大事な人を守りたい」という私的な感覚から行動していたわけではない(むしろ、イクミの方がその感覚に則っていた)。これは、彼の行動に大きな制約をもたらした。その上、目の前の誰かを救う力すら持っていなかった(ユウキにはそれがあったが、コウジは最初から最後まで延々と他人にのされてばっかりいただけだ)のだ。そんなコウジにとって、そしてみんなにとって、リヴァイアスとは何だったのか。リヴァイアスは「より極限状況へと向かう閉鎖空間」だったと言えるだろう。さて、極限状況においては、人が生きることと死ぬことは紙一重で、どこまで合理的に行動したとしても、死ぬ奴はなぜか死ぬし生きる奴はなぜか生き延びる。救われる人もいるし、救われない人もいる。その生死の境目がどこにあるのかは、結局のところ「分からない」。なぜイクミがコズエを救えなかったのか、それは「分からない」。「力不足だった」「こうすれば救えていた」と後から考える(反省する)事は、確かに必要なことだけれど、それでも究極的には「分からない」(反省した通りに行動して救えていたかどうかを試すことは出来ない)。この「分からない」ということを、人は受け入れなければならない。コウジは、「目の前にあらわれる全ての人(後半にブルーを助けることから、それが「全て」であることがわかる)に生きていてほしい、死んで欲しくない」という、単純で根源的な倫理感覚から行動していたと思う。「それでは多くのものがこぼれ落ちてしまうから、もっと合理的にやらなければならない」とイクミやユウキは行動する。しかしそれは、(各人の力量においてある程度までは可能であるが)究極的に不可能である。その「究極的に不可能な状態」でどうすることが出来るのか。コウジの生き方が肯定されるとしたら、その状態における「どこまで合理的に計算し反省したとしても分からないことがありうるのだ」=「その事実を受け入れた上で*それでも行動する*という以外に、人間の人間に対する誠実さは存在しないのだ」という姿勢にしか無いのではないかと思う。………ただ、これでコウジの姿勢が肯定出来たとしても、コウジが助かったのは、コウジが自分の意思を貫いたから*ではない*。彼は単に「偶然」救われた(なぜ救われたかはやっぱり「分からない」!!!)だけだ。その「偶然」が次回、どう評価されるのか。この作品の価値は、その部分にかかっている。
.「アメリカの保守とリベラル」、読了。ちょっと必要性を感じて読んだのだけど、大変面白かった。80年代の(アメリカが)弱っている時期に重ねられた議論が、今のアメリカの繁栄を築いているのかなぁ。
.HC「カタリアツメベ探訪談[2]」天原ふおん。いい意味で普遍的な問題意識を持とうとしていて、それを上手く作品の中に取り込んでいる。その手腕は抜群。こういうのって下手するとドグマティックになりがちなんだけど、元々の天原作品にあった超超超甘々な部分とちょうど相殺しあっていい感じのバランスになっている。それと、ゲーム的な設定をしていてもちゃんとそれを脇に置いておくだけの自制心があるためか、鼻に付かないのもいいね。あくまで設定は従で、しかし舞台としては重要な役割を果たす。これが、正しい「舞台設定」のありかたでしょう。完成度、はっきりいってすごく高いです。期待していた作家さんが期待通り、いや期待以上の作品を描いてくれる、これほど幸せなことは他にありません。こういう作品がもっと幅広く受け入れられてもいいはず。
.RMC「ティンクル★ティアラ[後編]」藤田まぐろ。絵が可愛ければ何だって許されるんだーい!扉絵ギャラリーが素晴らしすぎ。ポスターにして欲しい。いやマジで。
.RMC「電動王子様タカハシ」亜月亮。この設定でハッピーエンドにしていいのか!?と作者が自分で自分にツッコミを入れているのが新鮮であった。男女逆の設定なら青年マンガにありがちな話だし、ま、面白かったのでヨシなのだ!
.KCN「電脳少女★Mink[1]」立川恵。暗さがいい味を出していた前作とは正反対の方向性。あいかわらず絵は可愛いです。うーん、好きだ!分かりやすーい変身アイドルものをやりつつ、後でモメ事の種になりそうなネタもいくつか仕込んであって、先行きが楽しみだな。あと、カラーイラストの傾向がちょっと変わったよーな。
.朝に起きて、部屋の整理をはじめる。とりあえず、TVとビデオ周りの配線。これを終わらせるだけで一仕事。配線の確認のために見始めた「夢のクレヨン王国」のLDを延々と見てしまう。すっごくすっごく面白いよね〜。これはもう歴史に残る名作であると断言する。その後、二子玉川園付近を散策したり、郵便物を取りに行くため成城学園前まで歩いたり。近所の本屋とCD屋についての状況を調査。アニメとマンガに関する環境は悪化したものの、それ以外は大幅改善。って、ダメじゃん!!!素直に渋谷のアニメイトに行けという事か………。地図、ユニマガ、SoftwareDesign、サッカーマガジン、講談社学術文庫「アメリカの保守とリベラル」佐々木毅、「倫理21」柄谷行人、「リベラリズムの存在証明」稲葉振一郎、を買って帰ってくる。
.「倫理21」柄谷行人、読了。「可能なるコミュニズム」と対になる本。非常に読みやすいが、色々なものを(私が)読み落としている感じがしてならない。もう一度読む必要がある。
.無限のリヴァイアス、#25(その1)。以下にまず、先週書いたんだけど保留にした部分を公開しておく。………コウジにとっては、「いま=ここ」にいる「誰か」を救う事が全てである。それは、とても単純な正論かもしれないが、困難な状況においては一見、こぼれ落ちるものも多いように見える。ユウキやイクミはそれを否定する。なぜなら、彼らには「大勢」を守れるだけの力があるからだ。しかし、状況が困難になればなるほど、そして、介在する中間層が多くなればなるほど、守ろうとしているのが誰なのか分からなくなる。「大勢」が「全員」で無い限りそこには何らかの線引きがあるし、その線引きを人間が行うことは、何らかの強固な倫理が無い限り、いや、あったとしても不可能だ。そんな時、僕らは結局「いま=ここ」にいる「誰か」を守ることしか出来ない。しかし、だからといってコウジはイクミやユウキの行動を完全否定出来るはずがない。彼らのおかげで今まで大勢の人間が救われてきたことは確かだからだ。しかし、有能な人間には有能であるが故に見えない部分がある。遅れてくる人間にしか見えないものがある。最後になって、「遅れてきた(割り切ることが出来なかった)人たち(=リヴァイアス残留組)」の代表であるコウジがイクミと対決したことには意味がある。なぜなら、遅れてくることに意味があるからだ。後ろからでなければ見えないことがあるからだ。(ここから今週書いた分)…………しかし、25話の最後、外部からストップがかからなければイクミはコウジを殺していただろう。それほどまでに、イクミもコウジも(もちろんその他の全員も)困難な道を歩んでいた。この結末が甘さなのか救いなのか、(私には)まだ分からない。それはきっと、最終回が教えてくれるはずだ。
.朝6時に起きたら、風がおさまったのか、デッキが解放されていた。行きも帰りもずっと閉鎖されていたので、ようやくデッキに出ることが出来るようになった。伊豆諸島を通過していくのをずうっとぼーっと見ていたのだけれど、途中でイルカの大群と遭遇。周りで10数人の人が見ていたんだけれど、みんな大歓声で歓迎してました。感動です。帰りも3時間遅れて、午後6時半に竹芝桟橋に到着。帰ってくる。いやー、ほんと、疲れたけれどそれを上回る楽しさでした。イルカやクジラにはまる気持ち、分かりました。これはクセになります。また行きたいですね。
.午前中に町内を散歩し、午後2時に父島を去る。来た時に海が荒れていたので、あれ以上荒れることはあるまいと思っていたが、そんなことは全然無かった。帰りの方がずっと揺れましたですよ。行きの教訓を生かして早めに乗り込んでいたので、2等船室の中でも結構いい場所を確保出来たんだけれども、それでも駄目でした。なにせ、行きの時は二等船室の中で笑い声がきこえていたのに、帰りの時はずっと静まり返っていたっていうくらい。つうわけで、私もダウン。カゼをひいたのか、喉の調子も悪く、結構さんざんな目にあいました。
.午前10時に出港なので、午前9時に浜松町駅に友人と待ち合わせていたのだが、渋谷到着が午前9時というていたらく。詫びの電話を入れようと携帯に手をかけた時、着信が。なんと、友人も渋谷駅にいて、しかも同じ電車に乗っていたらしい(笑)どちらもタチの悪い遅刻癖を持っていたのであった………。つーわけで、竹芝桟橋に着いたのは出発15分前だったが、割と余裕で乗船出来た。しかし、2等船室の一番下の一番端という場所を割り振られてしまい、これが後の不幸を呼ぶ(とにかく揺れる)。一度太平洋に出たところ、どったんばったんの大騒ぎっつーか、無重力体験ツアーというか、とにかく、すごい揺れ方。三途の川が見えます…。このまま特攻されたらどうしようと思っていたら、あっさり東京湾に引き返しはじめる。海上不良で15時間、横浜沖に足止め………。姉さん、ピンチです。
.朝起床。とりあえず住めるようにはなる。でも、BSも見られないしパソコンも置いただけだし本棚買ってないし、部屋が片づくにはまだまだ時間がかかりそうだ。喘息の薬をもらいに湘南台へ。紹介状も書いてもらう。さーて、この周辺で医者を探さないと…。信頼出来る医者を探すのは結構難しい。BSD Magazine、サッカーマガジン、RMC「ティンクル★ティアラ[後編]」藤田まぐろ、RMC「電動王子様タカハシ」亜月亮、ちくま学芸文庫「革命について」ハンナ・アレント、を買って帰ってくる。
.無限のリヴァイアス、#24。僕には、こずえを傷つけられてから変わったイクミと、コウジを傷つけられてから変わったアオイ、この2つの構図は同型だと思うんだけど、どーも描写に温度差があるよーな。まーそれはともかく、うーん、なんつーか、結構微妙な展開だよねぇ。コウジが妥当な事をイクミやユウキに言えるのかどうか、僕には分からない。結局、事態を打開するため有能な実務者が必要な事は変わってないわけだし。せいぜい、「彼らの行動をチェックする人間に一定の発言権を認めさせる」程度のことしか言えないと思うのだけどなぁ。素直な展開だし理解出来る部分も多いのだが、どーも、全体のバランスが悪いので納得しにくい話になっている。まぁ、誰がリーダーをやっても誰かは死ぬ、って事だと思うのだけれど。人の生死が作品の中でどう位置づけられるかについては、去年、ここらへんに書いたんだけど、リヴァイアスもこの射程で語れるかな?
.というわけで、16日から21日まで小笠原に行ってきます。行きは海が荒れそうなので不安…。
.朝に茨城を出て、昼に表参道で仕事。家に帰ってきて、引っ越し荷物の整理。やってもやっても終わらないってーか、荷物が多すぎるってーか。いつになったら普通に住めるようになるのだろーか。謎。
.休養中。
.無限のリヴァイアス、#23。うーん、なるほど納得っつー感じの素直な展開。腐敗するっつーわけじゃないけど、まず間違うのは、まぁ、官僚組織だーな。しかも、良かれと思って=上司を慮って、というパターン。ヘイガーはそんな感じ。もう片方の元ブルー組の連中は、上の考え方を全く受け流しつつ、そこからどう利益を引き出すかだけで行動している。だいたいこの2パターンに収束するのは、とても自然な事だ。上に立ってるイクミやユウキは、これまた優秀な人間なんだけど、優秀な人間にありがちな、絶対他者を許容出来ないタイプだし。コウジ君も、あそこで撃てるならもーちっとなんとかなるんだけど、でも、撃てない人なんだよねぇ。そこが、まさに彼の彼である所以なんだけれども。それにしても、Eランクに「ちょっと毛色の変わった人間たち」を集結させてしまったヘイガーは、致命的なミスを冒してるってばさ。無力化したいんだったら、徹底的に横の繋がりを絶たないと。まー、官僚組織が社会に行使できる最悪の(最強の)行動をとっていないだけ、ヘイガーにはまだ良心があるのかもしれないが、単なる能力不足である可能性も大。
.朝起床。アニメージュ、別花、HC「BELL[1]」麻生みこと、KCA「エンジェリックレイヤー[2]」CLAMP、KCN「電脳少女★Mink[1]」立川恵、を買ってから、歯医者に行く。布団と照明器具を買い、転居先に荷物を置いて、実家へ帰省。体力的にもう限界。帰ってきたらバタンキュー。
.朝起床。ここんとこホコリを吸いまくってるので、ずっとぜんそく。薬と吸入で無理矢理直してるけど、とにかく疲れる。ゴミ処理をしてから、部屋明け渡し。これで全部おーしまい。新しい家はまだ住める状況じゃないので、しばらくは流浪の民です。研究室に出てきてメール読んだり雑談したり。転居先に荷物を持っていった後、友人宅に転がり込む。PSのベイグラントストーリーにはまる。ファーストインプレッションとしては、ランドストーカーとトゥームレイダーに新しい非アクション系戦闘システムとスクウェアっぽいストーリーを足した感じのゲームという感じ。はっきりいって、ゲーム部分と演出は、すっごく好みです。ていうか、こういう「雰囲気があるダンジョンもの」というだけで、プラス修正100%って感じなんですが〜〜〜。ストーリーはちょっとね、って感じだけど。
.朝から引っ越しを決行!引っ越し先には照明器具も寝具も無いためにまだ住めない!本棚も足りないから本も全部入らない!というわけで、居住環境が悪化!ネットワーク接続性も低下!しばらく日記更新は不定期です!ま、この日記が更新されなくなっても困る人はいないけどね!
.後輩に手伝ってもらいつつ、朝から晩まで引っ越し準備。ダンボール箱に本とCDで20箱強、その他もろもろ入れて全部で30箱+α。荷物をもっと減らしたいけれど、捨てられないんだよねぇ。
.朝起床。さーて、今日は発表だ〜。の前に、引っ越し準備。段ボールとか、ゴミ処理の事とか。昼過ぎに湘南台出て、昼下がりに本郷。PDC最終成果発表会で、修論+αの内容を発表。いっそ表立ってボコボコにされた方がナンボかマシだった………。殺すなら一気にやってくれよぅ。しくしく。デモの為にデバッグするけど、動かないし。駄目な時は何をやっても駄目です。新宿でタンシチューを食してから、帰ってくる。
.ここ数日のBGMは「ハチポチ」坂本真綾。僕にとってこの音楽は、喜怒哀楽の全てがつまっている大切なものだ。力づけてくれる何かの必要性は、人間の弱さを源にしているとは思わない。拠って立つ場所があるからこそ強くあることができる。坂本真綾は「【CALL YOUR NAME】うたで伝えてきたことのすべてを、この曲に込めて。」と書いた。彼女にとってのこの曲は、現時点における総括であったらしい。僕もそう感じた。音楽が、何を伝えることができて、何を伝えることが出来ないのか。彼女が手探りで進んできた軌跡を、この曲に見いだすことができる。こういうものの考え方をする人間は、信用出来る。
.R.P.ファインマン「物理法則はいかにして発見されたか」読了。ずっと前に買っていたんだけど、買った事自体をすっかり忘れていた。引っ越しのおかげで発見できたので、たまにこーゆーイベントがあるのは、それなりに意味があるみたい。「物理法則はいかにして発見されたか」を語る部分が魅力的に生き生き語られている事だけでなく、それ以外の「科学する姿勢」(を通した、物事を認識する姿勢。何か確実なものに到達するという事に対する大きな確信と、それと同じくらいの、安易な結論に飛びつかない注意深さ)の部分に深い感銘を受ける。私たちが何を語ることが出来て、何を語る事が出来ないのか。
.数時間の仮眠の後、起床。作業の続き。昼過ぎにようやくコンパイルが通り、サイムネさんの測定結果も出て準備完了。東大に開始時間ぎりぎりで到着。ポスターセッションの準備や解説をやる。デモの方は、コンパイルが通っただけ、落ちないだけであって、動かなかった。ま、当然です。不具合部分が予想通りであれば、直すのはそんなに難しくないはずなんだけど、ちょっと厄介。眠い。帰りは萩野先生に、OSと言語について色々話をお聴きする。萩野先生は、ロジックも言語もOSも全部やっている。全てを一度自分でやっている人間の言葉は、とても重い。自分の勉強不足を思い知らされる。
.去年の夏に使った同人誌の印刷所から、定期的に結構立派なカタログが送られてくる。同人誌のオフセット印刷って、最初のハードルは異様に高いけど、一度やってしまうとどうやら二度目以降はすごく簡単に出来てしまうみたい。思えば、コミケに参加すること自体がそういう感じだったような気がする。というわけで、印刷所のカタログを見ながら次回の同人誌について色々と考えを巡らせている。なるほど、やめられないわけです…。ウェブもいいけれど、「本」には別の嬉しさがある。重さがあって肌触りがあるってのは、どうしたって無視出来ない要因なのです。
.昼過ぎに起きる。例によってアレルギーの後の嫌な感じが継続中。これはもう、どうしようもない。昼下がりに研究室へ。先輩と長時間ディスカッション。久々に面白い学際的なトピックが見つけられたような気がした。それから、ポスターセッションやプレゼンテーションの準備。しかし、肝心のデモンストレーションの準備までは手が回ってない。ポスターセッションの為の図を描きまくり、その後は延々とデモの為のコーディング。ああ、全て終わったはずだと思っていたことで再び締切の恐怖を味わうはめになるとは………。明け方まで作業して、椅子で寝る。
.昨日から体調が悪化していたせいか、朝起きたら久々にぜんそく。うーん、キツイ。半日ゆっくり休んで、夜中に湘南台に戻ってくる。こんなスケジュールで、果たして引っ越し終了まで無事でいられるのだろうか………。不安だ。
.田辺聖子「欲しがりません勝つまでは〜私の終戦まで〜」を再読。これは本当に良い本だ。戦争体験を綴った本はいくらでもあるけれど、また、田辺聖子の本も色々あるけれど、これは突き抜けている。第二次世界大戦前後の事件史と重ね合わせて読めば、色々なことが見えてくる。60年前の日本にも、同じ人間が、この同じ社会の中で生きていた。当たり前の事だ。しかし、そんな単純な事の積み重ねからでしか、歴史の重みは現れてこない。その重みを知らなければ、「戦争とは何か」も分からない。それと、「インフォスケープ」の熊坂さんが書いている部分を再読。これもまた良い本で、モダンな社会について大変すっきりとした整理がされている。熊坂さんが書いた部分以外はちょっと駄目っぽいけど。消費社会が何を解決してきて、何を解体してきたのか。この時代の前提になっているはずの事であるんだけど、ちゃんと整理出来ている人はあまりいない。
.そんなこんなで、ちょっと考える。たとえば、こんな思考の断片。
.消費社会における核家族解体過程のバリエーションとして、分割=共有される「記号としての男/女」(アイドル=アニメキャラ=映画俳優=etc...)が出現する。実体がある限りにおいては、それはいつか「実体として所有(排除=独占)される」可能性を持つ。よって、実体を依代とした記号は完全には分割=共有され得ない。しかし、実体を持たない「記号としての男/女」は、完全に分割=共有されうる。よって、記号は実体から遊離し、増殖をはじめるだろう。この過程は、モダンな家族の解体過程として、正当なものであろう。しかしその記号は、決して所有(排除=独占)しえないがために、様々な場所へ幽霊のように憑依する可能性を持つ。たとえば、関係の無い実体を恣意的に表象してしまう。これは、不当な行為につながりうる。この、「不当」と「正当」の間の飛躍可能性は、評価可能だろうか?
.そして、全ての前提となる、この時代の(そして「僕」の)記号に対する欲望とは何なのか。実体を持たない記号とは何なのか。分割=共有の倫理と、その中で迷走する所有(排除=独占)欲望がどのような振る舞いを示しうるのか。その行動はどういった位置づけが可能なのか。正当なのか、不当なのか。「他人に迷惑をかけない限り」何をしても自由であるはずだが、その一方で、その「自由」の限界をどう見積もるのかは、とても難しい問題だ。でも、粘り強く考えていく必要がある。
.昼過ぎ起床。研究室行く。作業効率、いまひとつどころか、いまいつつくらい。精神状態も悪いし、体調もまた悪化中。夜中に、大量のがらくたを詰めて田舎へ出発。深夜に田舎に到着。東京から100キロ離れただけで、こんなにも星が綺麗に見える。
.昼前に起きて、引っ越し関係の手続きを延々とする。ああ、なんて面倒なんだ。本屋で、動画王vol.9、講談社学術文庫「帝都ウィーンと列国会議」、サッカーマガジンを買ってから研究室。昨日から引き続きBGMは「Undercurrent」。電話で、ここ1か月半くらい延々と続いていた仕事が成功裏に終了したことが知らされる。色々なイミで大変な仕事だったが、まあ、上手くいったなら報われるってもんです。んで、友人が来る。リヴァイアス補完。
.無限のリヴァイアス、#22。またもや半分総集編。この話、ネーヤを代表とされるヴァイアの超技術が全面的に出てくると厳しいかも。ヴァイアが人間の精神に影響を与えてる、という時点で何でもアリになっちゃうからね。重力制御もそうだったけど、こういうギミックの描写がインフレ傾向にあるのは理解できるんだけど、折角細やかな描写を積み重ねてるんだから、そこらへんはやっぱ生かしたいよね。さて、コウジはそろそろ覚悟を決めたようなので、次回は展開しそうです。でも、コウジから何か行動を起こすということがほぼ不可能な状況であるはずなので、もしかしたらちょっと妙な方向に展開するのかも。ちょっと心配。















