.lainのOP曲シングルを買う。アルバムを衝動買いしないだけ、物欲モードからは離脱しつつあるよーだ。
.芝姫とオレ。僕が、ある作品を見続けるかどうか考えるときは、こんなふうにしている。「最も良かった部分」の良さと、「最も悪かった部分」の悪さを比較して、その結果で判断する。つまり、ピーク時で判断している。
.だから、OPが良かったり、「凄く良い」と思う演出があるだけで、結構見てしまうし、平均点がそこそこでも、すごく嫌な部分があれば、あっさりと見るのをやめてしまったりする。ルミナスは、演出と音楽が好きだし、lainは、オープニングの出来は最高だと思う。だから見続ける。4月放映版ビバップは、殆どすべてが素晴らしかったけど、流れがメチャクチャで、かつ軽い話が続いたのは僕的にすごく嫌だった。だからあっさりやめてしまったりした。
.カレカノの場合、#8までで、最も良かったのは#6の演出で、これは殆ど最高の評価をしてた。してたのだけど、いやはや、今回の#9はちょっとすごい。あまりに衝撃的すぎて、もう、何が起こったのかすら正確には記憶に残っていないというか。次もその次も、そのまた次も、ずっとずっとこうなのか、と思うと、気分が重く沈む。
.期待は、大きかった。すごく大きかった。過剰に大きすぎたことは、認める。昔、それで失敗したこともある。ああ、今回と同じだった。原作ものだった。OPに1カットしか出てこないその姿を見て、本編でどうなるか楽しみにしていた。そう。自分が勝手に思い込んでいて、裏切られただけだった。言ってしまえば、逆恨みだ。カッコ悪い。分かっている。自覚している。でも。でもねえ。それでもやっぱりキャスティングミスだと思うよ………、芝姫は。
.僕は今、この作品を見続けようかどうか、真剣に悩んでいる。(←もっと別のことで悩めって)
.緊縮財政!と言った舌の根が乾かないうちにさっそく散財。「BTTB」坂本龍一と、夢のクレヨン王国サウンドトラック3。うう、これで本当にしばらく何もできなくなってしまつた。
.「BTTB」は、シンプル。そして、とにかく美しい。ある時期を境にして、教授のオリジナルアルバムはどんどんシンプルになっていったと思うけど、最後は、ピアノソロに行き着くということだろうか。必要にして十分な音がそこにある。
.クレヨン王国。あいかわらず楽しい。それに、劇中歌が良いですね。というか、ほとんどその為に買っているようなものかもしれない。もうそろそろ、ン・パカ マーチの新バージョンとかも聴いてみたいなあ。あ、それとEDのピアノバージョンがすごく良いと思いました。
.気まぐれに serial experiments lain lif.1 を借りてみる。2話の時点で思ったことは「やりたいことは、ほとんどOPに尽きている?」ということですか。密度を高めるという方向性の行き着く先は、ミュージッククリップなのかなぁ。そういや、何話かはTVで見てたのに、最初全部見たことは1度も無いんだよな。OPに至っては今回初見という感じだし。とりあえず、今出てる分は全部見てみよう。
.ブレンパワード[5](#12〜#14)。もう何も言うことはないです。我が道を突き進んでください。どこまでもついていきます。この先にさらに何があるのか。
.しかし、この続きは来月で、最後まで見るには来年3月まで………。なんて思ってたんだけど、WOWOWで再放送をするらしい。これを機にWOWOWを導入するか!なんて思ったりもしたが、我ながら、朝令暮改も甚だしいという感じだ。
.今日は仕事で秋葉原に行ったのだが、つい出来心でリバティーに行ってしまったために、「天空のエスカフローネLD・13巻全揃いセット」を買うという大散財をしてしまった。いつかは買うつもりだったのだが(そして、今日みつけたLDセットは確かにすごく安かったんだけど)、自分がこんなにも物欲に弱い人間だったなんて。いやー、少しは思ってたけど、これほどとはね。ほいほい買うな>自分。
.つうわけで、これから暫くは緊縮財政モードに移行……(できるのか?)。
.ブレンパワード[4](#9〜#11)。奇妙キテレツ度は加速度的にアップしているような気がするが、そんなことはカンケイなしに、見ていてもう一瞬も目が離せない。いやー、やってくれますねえ。とにかく、一筋縄ではいかないですねえ。とにかく面白れぇ!はやく次見てぇ!これはもう理屈じゃねぇ!ああ、誰か最終話までの録画テープ持ってないかなぁ、てゆーか、なんでWOWOWに入らなかったんだ!>4月の俺。
.それにしても、菅野よう子の音楽がこれまたベリーグーです。今日も1日の半分はブレンパワードのサントラを聴いてましたですよ。菅野よう子の音楽がなぜ良いのか、というのも、ちょっと考えてみたくなりますねえ。
.ちなみに、1日の残りの半分はルミナスのサントラを聴いている。
.聖ルミナス女学院のサントラを買ってきた。最近サントラばかり買っているような気がするけど、これは出るのが待ち遠しかったアルバム。何種類かあるテーマ曲が、どれも、とても好きです。
.ルミナスって、今期最も音楽の使い方が上手い作品なのではないかと思う。楽曲を単独で取り出してみて、「凄く良い」かというと、そこまでではない。鳴りのバランスが悪い部分もあるし(周波数帯域が偏っている感じ)、構成がシンプルな曲ではちょっと打ち込みっぽすぎるところが耳につく(っつーか、もうちっと工夫してもバチ当たらないと思うけどなあ……)。
.だけど、それをあまり作品の中ではカンジさせない。それどころか、作品に大切な何か、作品を象徴する何かを担っている音楽になっている。作中での使い方も上手い。オープニング、アイキャッチの前、様々なシーンを横断するテーマ曲、テーマ曲によって結合されるさまざまなシーン。まさに作中音楽として、作品の中でしっかりとした役割を与えられ、かつ、その役割を効果的に果たしている。
.とにかく、この音楽が無かったら、ルミナスのミステリィっぽい部分はもっと稀薄だったろうし、上品な(それでいて不安げな)雰囲気も出なかっただろう。キャラクターだけが浮かびがちなアニメというジャンルだけど、音楽とか背景とか、そういった部分が担っている役割、ちゃんと認識しておかないと、バランスの悪い作品になってしまうということでしょうね。
.今日のCCさくらを見てて気が付いたんだけど、「あ、今回は、いいな、面白いな」と思った回は、ことごとく神戸守という人が演出をしている。この作品、わりと全体的なレベルはかなり高いレベルで平均化されているというのに、それでも個人名が浮かび上がってくるってのは、ちょっとすごい。この人の時だけ、一味違うんだよね。
.現在White Albumに再トライ中。リーフの音楽はいいにゃあ〜。なんか、どの順番でクリアーするのがいいか、アンテナ系の日記を読んでいると、いろいろな意見が出ているけど、さて、どーしようかなー。
.ここ24時間ほど坂本真綾漬けである。えへへ。
.ファンファンファーマシィ。別になにがあるわけでもないし、題材も夫婦ケンカだったり、もっと普通になってもいいはずの話なのに、一味違うものになっている。これが脚本の力か〜。
.しかし、脚本が良ければ、他の部分のかなりの難点を消すことが出来るけど、脚本がとびっきりに悪いと、もはや他の部分がどんなに良くても、作品まるごとダメになってしまう。つくづく、脚本にお金はかけるべきである。
.ちっとばかし思考の断片を記して、ここに置こう。
.もしあなたが、とある映像作品、たとえば漫画を読んで、「今まで読み取るべきものだった事柄がすべて文字で書いてある」、などと思ったのであれば、それはあなたが、今まで、全ての作品に対して、そのレベルでしか接していなかったということである。
.何であっても、全体の95%はクソみたいなものだ。しかし、クソのような文章も、最高に明晰な文章もどちらも、ブラウザーの上では平等である。
.議論の結論とは互いの妥協の結果であって、正しさもまたその妥協点の一つに過ぎない。「正しい⇔間違っている」しか評価基準がない人間は、憐れである。「とびっきりの新しい視点」以外に、重要なものがどれだけあるだろうか。
.正しさを証明するだけの退屈で長大な文章を、真に受けてはならない。価値が「正しさ」にしかない、と思われている数学の証明にさえ、いや、「だからこそ」、とびっきりの「狂った(もちろん、最上級の誉め言葉だ)」視点がある。全てが逆転している。
.直感的仮説:理系と文系なんかより、理学と工学の間にこそ深くて暗い溝がある。
.「マイクロサーフス」を読了。ココには「ヴァレー」は無い。「マイクロソフト」も無い。当然ながら、「ビル」もいない。しかしながら、「キャンパス」は、ある。ああ、これは、幸せなことだろうか?
.ブレンパワードのサントラ2、いいですね。はやく本編の続きを見たいです。
.明日やるTRPGの準備をして寝るです。明日は久々のTRPG、しかも「巡回リレーマスター方式デュアルプレーン完全アドリブTRPG」ということで、果たして成功するか失敗するか、どうなることやら。すごく楽しみ。
.彼氏彼女の事情、#8。面白いし、素直に入ってくる。良い。良いんだけど、あとちょっと言いたいことは、方法が確立したというよりは、#6の模倣であるということ。足りない部分を別のもので補うことが出来れば良かったのだけれど、あと0.5%が足りない。惜しい。
.OP復活したけど、ミスがまだ直ってなかった。てっきり、この部分を直すために抜いたのだと思ってたのだけれども。
.坂本真綾のシングル「走る」を買ってきて、ずっと聴いている。「菅野よう子+岩里祐穂」のコンビネーションは、坂本真綾という素材を100%生かすことが出来ている。しかるべき位置に配置されてこそ、生きることができる。良いとか悪いとか、そういう判断以前に、この音が、この声が、好きです。
.ただ、なんとなく、より遥かな高みに向かって延びていたはずのスペースは、消えかかっているようにも思う。今が、壁なのかもしれない。
.てなわけで、ブレンパワードのサントラ2も買ってきたのだけど、聴いてない。出来れば、全部見てから聴きたかったんだけど、坂本真綾の歌が入っているから買ってきてしまつた。だめすぎな自分。
.昔(確か、もう2年以上も前だ)、今は亡きWIREDにさわりの部分だけ掲載された、ダグラス・クープランドの小説「マイクロサーフス」を読んでいる。3年かかって、ようやく出たらしい。こういうの、好きだな。
.カウボーイビバップ、#5。おお、かっちょええ〜。過去のイメージシーンも、淡々と、しかしだれることなく入っていて、処理の仕方が素晴らしいですな。しかし、これで終わりじゃないわけで、さーて、このストーリーの行く末がどうなるか、本当にすごく楽しみになってきました。
.ブレンパワードのサントラvol.1をゲット。ただひたすらEDループ再生状態。砂原良徳「The Sound of 70's」もゲット。Sun Song'70が良いなあ。
.午前0時過ぎに、友人たちとしし座流星群を見に、藤沢から移動開始。午前2時半ごろ、伊豆の伊東市付近の海水浴場駐車場をポイントに定め、5時前まで流星ウォッチ。非常に長い流星を見ることが出来たのが嬉しかった。にしても寒い。現場を5時過ぎに出発するも、西湘バイパスの出口付近でひどい渋滞にひっかかり、行きは2時間ちょっとだったのに、帰りは4時間以上かかった。とにかく眠い。眠い。眠ーい!
.「決して伝わらないこと」はあるし、「決して相容れない意見」もある。ウェブという情報公開手段は、相容れないものが直接的な衝突をしないほどには、距離が離れている。そのことは、掲示板でもネットニュースでもパソコン通信でもなく、ウェブを使う大きなメリットの1つだと思っている。
.聖ルミナス女学院、#7。しかしこの話、演出の視点はほとんど主観で、映像も含めて本人がどう思っているか、なのね。となると、結局信頼できる情報は、「消えた」という事実と、物理的な位置のみか。結局のところ、「水」なのね。
.さっそく、Little Lovers 2ndのフィックスが出ていた。高速化パッチらしいが、今までなんで遅かったのかよく分からないほど、速くなっていた。どっかにタコい部分があったんだろーな。それにしても、何も起こらないソフトである。っつーか、1年はどう考えても長すぎるよ〜ん!
.ブレンパワード、ロゴのセンスはちと古い(←どうでもいいって)。
.あぁ、折角の流星群だというのに、天候が不穏です。
.最近、岡野史佳エンサイクロペディアや少女まんが観測エヴリへリンクしてくれる人が増えました。感謝。てゆーか、最近、少女まんがレビュー書いてないんですけど。それ目当てで来ている人がどれくらいいるか分からないけど、とりあえず看板に偽りありまくりの状態でごめんなさい。読んではいるんだけど、なかなか自分に納得のいく文章をちゃんと書くのは大変です。
.修論のテーマが決まらない日々………。
.ポポロクロイス物語、#7。面白いですねえ。でも絵柄もストーリーも地味なので、今、こういう作品をやれるのは、ゲームという裏付けが必要なんでしょうね。
.夢のクレヨン王国、#59。うーん、面白いは面白いんだけど、先行きがいまいち見えないというか。ドタバタは楽しいし好きだけど、それだけじゃシリーズものとしては持たないのかもしれない。シリーズ構成の必要性って、この点にあるのでしょう。
.ガサラキ、#7。空中でTA放出ってのは、大技。こういうのもアリなんだ……。しかし、地味なようで全然地味ではない作品だな。伏線張りまくり、だし。でも、みていて何故だか安心できるのは、素晴らしいことです。
.いろいろあって、思い立って、4日と14日の文章を改稿してみました。
.ブレンパワード[1][2](#1〜#8)。いやぁ、びっくり。めちゃくちゃ面白いやん。借りた3巻分、一気に見てしまいました。世間では色々言われているようですが、僕はOKですね、これ。ビデオを貸してくれた友人は布教成功率0%だったらしいですが、確かに、「世界びっくり奇人変人大集合」という感じではあります。
.しかーし。まず、音楽が大変良い。そして、演出が大変良い。なおかつ、比瑪がかわいい。これだけでまず見続ける気になりますね。んで、ストーリーは良く展開するし、戦闘は萌える………じゃなくて燃えるし、最初はちょっと違和感あったメカも慣れるといい感じだし、クインシーやカナンやヒギンズなどの脇役女性陣もいい感じだし、続けて見ていてどの回もちゃんと面白い。エンディングの音楽やスチール写真も、非常に気に入った。
.キャラクターの言動とか、背景美術とか、一部でちょっとイッちゃってる部分もありますが、まあそれは「味」ですネ。もう放映終わってるんだよね。いやー、一刻も早く全部見たいです。最後まで作画が崩れなければ、グレートな作品になりそうな予感。(ついでに、ちゃんとオチがついたらエクセレントだね!)
.それにしても、プリンセスナインやファンファンファーマシィやブレンパワードやポポロクロイス物語が探知網に引っかからないとは、俺のアニメ選択眼も節穴だらけって感じ。でも、良いものを全部見ようとするとしゃれにならないくらい本数を全部チェックしなきゃならないんだよねえ。
.祝!鹿島アントラーズ・セカンドステージ優勝!中継を見ていたらオーフェンを見逃した。ま、いっか。
.彼氏彼女の事情、#7。OPがなくてビックリしたけど、時間が押したのか前回のOPがリテイクくらったのか、いまいち判断つかない。というか、#7で予定時間オーバーしてOPを省略するくらいなら、他の話に労力をまわすべきだと思う。
.普通のアニメに戻りました。しかも、原作に忠実過ぎるほど忠実です。「ただでさえ狭い四角い画面を、さらに狭く使う」という大技を使わない限り、まんがのコマ割りのようなものは再現できないんだから、構図を忠実にしても仕方がないと思うのだけども、それはそれで一つの方法であることは確か。だから、原作が面白かったように、この話も面白い。ただ、こんなふうに作るのであれば、わざわざアニメ化する必要はないよね。
.カウボーイビバップ、#4。序盤第4回まで放映されたが、どれも違ったテイストがあって、しかも流れ的に一貫していて、素晴らしい。これをバラバラにして放映させたのは、作品に対して一方的なマイナスだったようだ。これくらいの皮肉でも放送禁止になってしまうんでしょうかね。まあそれはともかく、今、一番素直に楽しめる作品。最高!
.ファンファンファーマシィ。定番といえば定番のような気もするが、作品の出来は水準を遥かに上回っている。ファンタスティック!もしかしたら10分くらいの短編作品のほうが、色々実験できて、いいのかもしれないなと思う。そればっかりでも困るけど。
.「ベイビィ★LOVE[7]」と「CCさくら[7]」をゲット。ベイビィ★LOVEは、面白い。面白いんだけども、個人的には続けなくてもよかったような気もする(というか、個人的に、「延々と続いてますます良くなった作品」って思い当たらないので)。
.Little Lovers 2nd. - Yuiを買ってくる。まあ真綾ちゃんが出ているというだけで買ってきたわけであるが、1年間プレイが継続するとなると、バグるのではないか、とか、飽きるのではないか、とか、そういった問題を心配する以前に、自分のマシンが1年間もクラッシュせずにいられるかという方が問題になってくるような気がする。対策法はもちろんシステムに組み込まれているけども。
.砂原良徳のニューアルバムが見つからない(涙)
.自分の力じゃなんともならないような、運命のようなものを感じつつある毎日っす。「戦って、それから死になさい」って感じ。
.今日のBGMの竹村延和「Child's View」は、奇跡的に美しく、グルーヴィーな作品です。これをピュアと言うのだ、というような美しさと、楽しさが同居しています。良い作品ですが、それ以上に、本当に大好きなアルバムです。
.あいかわらず、ネオランガとクレヨン2のサントラも聴いてます。歌ってます♪(←近所迷惑)
.AXに連載開始された小説版ネオランガによりますと、夕姫の愛称は「夕ぴー」のようです。これじゃ、「ゆっぴー」だか「ゆうぴー」だかわからーん!
.日記をスクリプト処理しようと思ってるんですが、なかなか思うようなシステムにはなりません………。
.今日は、仕事で表参道にてミーティングだったので、ついでに、秋葉原に行く。
.買って2ヶ月でクラッシュし、さらに修理に出した後2ヶ月以上なんの音沙汰もないハードディスク。販売店に文句をつけたところ、修理から帰ってくる見込みが立たないので「レシートがあれば返金する」とのこと。レシートを探さねば〜。
.ようやく、「夢のクレヨン王国 ン・パカBOX2」を入手。これは、95%くらい、「4月の旅・ふぉ〜」を保存しておきたいために買った。さっそく見る。素晴らしすぎる(涙)。本放送の時は、恥ずかしながら、シルバー王女の演説シーンで目頭が熱くなってしまったのでした。付録のブックレットも、あいかわらずいい感じです。本編の完成度も高いし、BOX3も楽しみです。
.その他、色々買う。近所の本屋で売りきれていた、ささだあすか「バラエティー」。いままでどーしても見つからなかった、紺野キタ「ひみつの階段[1]」、近所の本屋で見かけなかった、Oh!X復刊号。
.紺野キタ「ひみつの階段」は、昔、わだくんさんが「いいよ〜」とおっしゃってたので、ずっと気になってたのだけど、すごく良かった。ここに、いい感じのファンページがありますね。
.今月のアニメ雑誌、アニメージュ、AX、GaZOを購入。
.とゆーわけで、本日発売の雑誌「GaZO」第一号に、カレカノの制作現場密着40日という記事が掲載されています。カレカノウォッチャー必見、みたいな?9月20日の段階で、カレカノ#6(11月6日放映)の絵コンテがリテイクくらっていたりと、スリリングな制作現場を追体験出来ます(←おい)。
.まあ、それはともかく、現場の人たち1人1人が、何を考えながら作品を作ってるのかが分かるってのは、面白いですね。僕は、メイキングとか脚本とか絵コンテとか設定資料とか、その手の資料を読むのが好きなので、こういう雑誌は歓迎したいな。押井さんの対談と、踊る大捜査線の特集も興味深かった。
.女神さま、ここ2回面白かったけど今回はいまいち、っつーか、まあ一発ギャグだからなー。鉄コミュニケーション#6。原作の方が面白かったような気がするのは、気のせい?
.聖ルミナス女学院、#6。作画の質は、だいぶ戻したです。だんだんいい味を出してたキャラクターが退場していくので、新キャラは出てくるんですが、なんというか少しわびしいです。そのうち誰もいなくなっちゃったりして。この話、最後まで状況描写を徹底して、最後の1話で解決編をやったりすると楽しいと思う。でも、だんだんあからさまな伏線が増えてきたから、近々いろいろ展開するのでしょう。ああ、不安だ。
.というか、カトリーヌ・ドブクワイエが良かったです。このヒト、消えそうでなかなか消えないですなあ。次に誰が消えるか賭けるしか!と思ったけど、新キャラが出てくるなり消えたりするから、やっぱムリか。
.ネオランガの作画、評判悪いというよりは、僕にとっては、良い回と悪い回の落差があまりにあんまりだったので、衝撃的でした。
.僕が真剣に頭にきた回は、#5と#15。色数が激減して、顔の描き方が激変して、しかも流体人間みたいなときがあったし。これは、是非とも描きなおしてほしかった。人間に見えないといったら言いすぎかもしれないけど、正直いってガックリきました。
.それ以外は、別にそんなにひどいとは思わなかったし、全体的に統一されているなら良かったんですが。それまでの展開とはあまりに違いすぎると、驚かされます。極端に良い回を作ってしまうとそれが基準になってしまいますし、色々大変ではあると思いますけども。全体通して良すぎも悪すぎもせず、ある範囲にクオリティが収まってないと、作品の統一性は保てないと思います。
.動かないなら動かないで、それでOK。ただ、動かないならそれなりに描きこむべきだし、かつ絶対に崩してはならないし、線が少なくて塗りが平坦なら、動かすことで楽しさを演出してほしいですね。
.ネオランガに色々言いましたが、でも、ルミナス#5の方がはるかに衝撃的でした。絵が崩れているという以上に「動くは動くんだけど、気持ち悪く動く」というのは、破壊力あります。
.どうでもいいけど、冬コミ落ちた(悲)
.ガサラキ#5を補完。その後、#6。
.戦場に、突如CCさくら出現てな感じ?僕にはもはや区別がつきません。
.軍事もの、国際陰謀もの、能もの、ロボットもの、この4要素に加えて、前世もの、来世もの、恋愛ものまで追加か?サービス満点!っつーかサービスし過ぎ!みたいな。
.とりあえず村井中尉がかわいかったです。まる。
.ポポロクロイス物語、初めて見る。面白いし、なんといってもよく動く。これくらいの線の数だと、気持ち良く動く動く。絵が動く楽しさを再確認。それと、白鳥由里には正統派ヒロインが似合うな。
.クレヨン王国、久々に死神登場。死神ってば、天使たちより、悪役としてのかわいげがあったような気がする。1回のみかあ。残念。
.最近、ネオランガのサントラにはまっている。いや、本編の時にも気になってたんだけど、ゆっくり聴いてみるとめちゃめちゃイイ!素晴らしい!とにかく音が重厚。非常にリズムトラックが良いし、シンセもはまってる。昔の細野っぽい(「S-F-X」とか「CM」あたり?)曲があった。そうそう、解説には「主題歌はバックトラックも良いのでちゃんと聴いてね」という意味のことが書かれていたが、間違っている。「バックトラックが良い」のであって、歌は………である(が、聴いているちに、3人の声を個体識別できるようになってしまった。個人的には仙台エリに歌わせるべきだったような気もするが、まあ気のせいだろう)。
."裏"日本工業新聞さんによると、予想通りネオランガLD#2では作画が直ってないようだ。滅茶苦茶酷評されていたけど、当然だよなぁ。ありゃ、ちょっとなんというか衝撃的だったから。まさかソフト化する際もそのままだとは、正直思ってなかった。しかし、「マクロス」以来の仰天ってのは、すごい表現だなぁ。いや、否定はしないけど(苦笑)#4までは良かったし、これ以降もあれほどひどいのはあまり無いんだけど(まったく無いわけではないのが悲しいが)。
.カウボーイビバップ、#2/#3。#1からの流れで見ると自然。#3の音楽の使い方が好き。はまってる。脇役3人組のオヤジの名前が、なぜアントニオ=カルロス=ジョビンにちなんでるのかわからん。真綾ちゃんのニューシングル/アルバムのCMがでてた。うーん、久々のフルアルバム、すっごくすっごくすっごくすっごく楽しみ〜!CMの真綾ちゃんも良かったよ〜。
.守護月天、#3、これだけうっとおしい展開をするのも珍しい。オーフェンもそんな感じで、さてこれらはいつまで録画し続けようか。思案中。
.ファンファンファーマシィ秋の特別編。昼と夜のマーブル模様というのは、すごくいいアイディアだと思う。ファンタジック。でも、この作品は30分やるより、10分でこじんまりと完結しているほうが、僕的には好きかもしれない。
.どうも見てるアニメが金=土=日に集中しているので、今日は一日中アニメを見ていたという感じだった。
.彼氏彼女の事情、#6。OPを見た瞬間、今までとは違う作品に変貌したことを悟った。なんで最初からこれが出来ないの!?ねえ。
.絵なんか動かなくったっていーじゃん。色が白くったっていーじゃん。デジコミだろーがなんだろーがいーじゃん。四角い画面をさらに狭く使ったっていーじゃん。線画だっていーじゃん。従来のアニメの定義に入らなくったっていーじゃん。デジタル丸出しだっていーじゃん。フィルムに必要なのはそんなんじゃない。編集だよ編集。カッティング。これが良ければ、あとはなんとかなるんだよ。庵野さん、やっぱりアンタは天才だよ(涙)。
.というのは極論としても、今回はねー、2月の時点で想像してた「庵野さんが作ったカレカノ」の最良のイメージにもっとも近いよ。以降も極論が続きます。
.どーせ人もいないんだろーし時間もないんだろーから、動かなくてもいい。もしくは、白くてもいい。キャラクターの場合、絵が崩れているのが最悪だと思うね。時間なくて動画が崩壊するくらいなら、動くな!絵が崩れるくらいならカット数減らせ!でも、それだけじゃフィルムは出来ない。無いお金をかけるとしたら、あとはデザインワークと背景でしょう。あ、音楽もそうか。
.そして、編集のセンス。それだけでいいんだ。それだけで。デザインが良くて、背景がセンス良くて(確か、フィルムの品位というものは殆ど背景で決まる、といっていた監督がいたが、私もそう思う。誰だったっけかなー?)、キャラクターが崩れてなくて、そして編集が良ければ、いい作品になるんだ。
.もちろん、アニメである以上は動かなければ意味がない、という意見があることも確かだ。動かなくて許されるのか?色塗ってなくて画面が白くて許されるのか?そうだね。その通り。許されない。だから、これは「アニメ」って呼ばなくていいよ。別物だから。
.出来たものが良いか悪いかが全て。良いものに理屈なんかない。ヘンでいいんだ。妙でいいんだ。最低限押さえなくちゃいけないところは押さえてるんだから(まあ、プロデューサーはOPをオール線画で出させなかったのは正解だと思う。どんなものにも限度ってのはあるからね)。
.そうそう、いろいろ言ったものの、そりゃ動いたほうがうれしいわけで、OPは出来が良かったね。芝姫とか、芝姫とか、芝姫とか。いや別にそれだけじゃないんだけど。動と静のリズムを生み出すカットのつなぎ方は、すごいよ。音楽とのシンクロ1つとっても、これ、簡単そうに見えるけど、やろうと思って出来るもんじゃない。
.ちなみに、こういう作り方をすると、編集が悪かったりデザインのセンスが悪かったり背景が浮いてしまったりすると、単なる間の抜けた、原作にべったり依存した面白さしかない、ありきたりなアニメになります。他人が真似したり、多用するのはやめておいたほうが良いでしょう。
.ネオランガの話。
.この作品の評価が低いとしたら、それはいくつか理由が挙げられます。上滑りになってしまっていた部分が多かった社会派的脚本。ちょっと歌わせてはいけない人に歌わせてしまったOP(でも、慣れればわりと好きになったり)、そして突発的に崩壊する作画、とまあ昨今のアニメなら別に珍しくもなんともない理由ですね。
.ネオランガとゆーと、特徴的なのはあのいかにもな脚本なのでありますが、「腐れ社会派」に見える部分でも、わりと上手く行っている部分は、あったように思います。冒頭の数話とか、完成度高いし、17話の、ゆっぴーのしきたりに対する敵対心とかも、よく考えられているなと思いました。
.ネオランガのストーリー全体が、「ルールと繰り返しの日常」と「ネオランガに代表される非日常」の対立があるわけで、それを繰り返し様々な形で描いていたわけです。
.魅波は、日常に適応することで周囲を守ろうとする。海潮は、日常を理想をもって変革しようとする。夕姫は、日常に対する悪意をもって破壊しようとする。その、3つの異なった境界線上からのベクトルが、「ネオランガという非日常」を、「日常」に対して不安定な位置に追いやっていて、これがストーリーの横糸でした。ネオランガは、理想を追求する手段なのか、間違っている現実をすべて破壊する手段なのか、それとも他愛の無い日常を守るためには排除されなければならない異形の物なのか。そして、ネオランガと対立する、同じような「神」にまつわるストーリーが、ストーリーの縦糸。
.これらが、うまくからみあえば良かったんですが、どーもこの2つの要素に対してどっちつかずになっていた話が多かった。それに、全編わたって、なんのひねりもないキャラクターが大量に存在していたのが、とにかく痛かった。図式的な人間が出てこない限りにおいては、よく出来ていたと言ってもよいのですが。こういった事が、作品の全体的なレベルを、作品の持っていた潜在的な可能性より低く見せてしまったのかな、と思います。
.ナレーションという効果的な道具を、簡略化として使ったために失敗した部分もあります。これは、どんなに良い方法でも、それが単なる省力化として使われればそれ相応の結果しか出さないのだ、ということを示していますね(まあ、この作品に限りませんが)。
.話は全く変わりますが、ゆっぴーのどこが魅力的かとゆーと、とにかくもうあの髪型ですね。あのちょっとざわついた感じの髪型が、とってもプリティ。なんのかんの言って、結局これが言いたかっただけだったりして。
.あと、本心からの社会に対する敵愾心/悪意と、その本心のルーツとのギャップとかもよいですね。ふと本音を漏らしたときとかー、心にググッと迫ってくるものがあります。ホシノ・ルリも、設定からいえば、本来こーゆー性格であるべきだったと思います。(というか、あの作品で色々あって出来なかったことを、ゆっぴーというキャラでもう一度繰り返しているんでしょう)
.というわけで、あいかわらずゆっぴー萌えMAX状態が継続中〜。心の片隅では、別にこんなんどーでもいいじゃん、ケッと思っている自分がいるのだけど、愛に理屈はありませんね。(←おいおい)
.ネオランガのサントラをゲット。これなら発売日に買っておいても良かったなと思わせる出来。良い。BGMでありながらも、主張は強烈。ぼけーっと聴いていても良い感じだし、そのまま邪魔にならない作業中BGMにもなる。音楽かかっていると何も手につかなくなる傾向の強い自分だけど、これはそうじゃない。なんか、微妙なバランスの上で成り立っている。
.わりと良いなあと思ったネオランガサイト。ネオランガ室と、ネオランガ赤いぐるぐる。後者の方には投票ページがあって、1時間に10票までというほぼ投票無制限のもの。昔々、「なんでもランキング」にはまっていた時の頃を思い出させて、燃えるね。
.「タカマガハラ[4]」「NATURAL[6]」「男の華園[1]」と花ゆめ最新号をゲット。「タカマガハラ」が良いねぇ。良すぎでしょ。
.ここんとこ、「本質」とか「真意」とか、軽々しく使っちゃいけねぇ言葉を無配慮に使っていた部分があったので、反省。本当なら、何かを表現するには、具体的な批評行為を積み重ねていくべきだし、そうでなければ、実感の重さは伴わない………。
.仙台エリ熱が下がらないので、だいぶ昔に見たはずのOVA「ジャングルDEいこう・1〜3」をレンタルしてきて、再び見てみる。昔見たときは、別になんとも思わなかったような気がするんだけど(そして、事実そんときにダビングしてなかったんだけど)、今回見てみたら面白かった。ああ、愛ってスバラシイ〜!(←おい)。
.つうわけで、最近、ネオラン関係サイトをぐるぐるしているのだが、ここで、ある疑問がアタマによぎる。果たして、夕姫の愛称は「ゆうぴー」がいいのか、「ゆうぴい」がいいのか、はたまた「ゆっぴー」がいいのか?これは大問題である。
.確か、アニメ雑誌の記事で、設定上の愛称は「ゆうぴー」である、という記述があったと記憶している、個人的には「ゆっぴー」が一番、発音に無理がなく、しかも響きがカワイイと思うのだが。問題としては、なんだか女の子の愛称というよりは、新種の熱帯魚のような語感を持っている点が挙げられる。
.所持LDリスト。「赤ずきんチャチャBOX全3巻」「ナデシコ全7巻」「こどものおもちゃ小学生編」「マジカルエミBOX(初代)」「夢のクレヨン王国BOX・1」「エスカフローネ・1〜3」「カウボーイビバップ・0」。
.以降、購入確定は「夢のクレヨン王国BOX・2〜3」「メモルBOX・1〜3」と、エスカの続き。迷ってるものとして「こどものおもちゃ中学生編」「プリンセスナイン」あたり。ネオランガは、作画が崩壊した回が直ってるなら、欲しいんだけどな。とりあえず、2巻収録分の5話の作画がリファインされていることを願っているのだが………。
.本日のお言葉:「愛はすべてを超えるッ!(ただし、あまり良くない方向に)」
.ちょっと考えてみたこと(11月15日改定)。
.単純に語ることが出来る本質なんていうものはありません。決して到達することのない「在るべき姿」へと向かっていく運動「だけ」が存在するのです。そして、それが、本質的なものの探究なのです。語られた言葉ではなく、指し示されている何かを、本質と呼ぶのです。
.それは、なんだか分からなかったものをAだと気付くこと。Aだと思っていたものが実はBであったと気付くこと。Bだと思っていたものが実はCであったと気付くこと。その「気付き」の連続でしかありえません。良い作品は、時間を経るに従って様々な「気付き」を促します。だから、良い作品は、時間を経るに従って、輝きを増します。
.しかし、実は、作品は変わっていないのです。それが、書かれたものの唯一性です。だから、解釈者の恣意性など、許されていないのです。作品は、ただそこにある。作品は、ただそこにしかない。作者でも社会でも理論でもなく、ただ作品だけが、誰も踏み入れたことの無い「場所」へと、誘うのです。
.この問題と、商品としての完成度、つまり売れるか売れないかとか、そういった次元の判断は、関係ありません。それは、たとえば本ならば編集者、映像ならプロデューサー、が優秀ならばクリアーできることです。
.日本語がダメなら、読めるレベルまで持っていけばいいだけなんだし。映像的に完成度が低いなら、出せるレベルまでリテイクを出せばいいだけだし。そういった判断が出来るのが、編集者だったりプロデューサーだったりするわけで。それが出来ないんだったら、編集者もプロデューサーも必要ない。もっとも、それが出来ているかいないかは、また別のレベルの話。
.最後に。もちろん「最後の最後には自分勝手しか無い」のだから、その境地に達しているのであれば、何をやっても自由でしょう。様々な要素とのトレードオフによって、最終的な表現物は生成されるからです。完璧なものを出そうとすれば、死ぬまで何も書くことは出来ません。
.そうそう、山形浩生氏の文章、面白いよ〜。「Hackについて」とか、最高だね。広義の翻訳論。この人、書く文章も面白いし、かつ、とにかく明晰。バツグンに頭が切れる。このサイトに掲載されている様々な文章は、今、ネット上で読むことが出来る文章の中で、最も質が高いもののうちの一つでしょうね。かくありたいものです。
.「少女まんがにおいて脚本は重要ではない」ということは、つまり、僕が「少女まんがが映画にならない理由」に挙げたことと、ほぼ同一の意味を示していると思います。
.「原作の雰囲気が映画において再現されていなかった」という点に不満が集約されるのであれば、それは妥当な意見だと思います。理由としては、難しかったから、というよりは、それが映画にとっては交換可能な1パーツに過ぎなかったから、でしょうね……。
.ここらへんが、「宮崎駿が原作を愛していたかというと、はっきりいって、これならものになるかもしれない素材、という程度以上の印象はなかったのではないか」と僕が推測する根拠です。
.この一連の議論は僕にとっても面白いものでした。いちせさんに感謝。それと、「さおりなあんてなさん」からのリンク、ありがとうございます。
.これを機に、更新時間取得アンテナからリンクしていただいている「湘南日記放送局」「たんぽぽひとりごと」「さおりなあんてなさん」に、こちらからもリンクを張っておきました。このページを読まれている方は、以上のサイトから更新時間を取得すると、便利だと思います(と書いたとたんに更新回数が落ちたりすんだよな)。
.今日は、友達に誘われて、科技大学園祭へ、會川昇・小林治・仙台エリのトークイベントを見に行ってきました。そう。ネオランのゆっぴー役の声優さんがやってくるというので、のこのこと出かけてしまったのです。とある筋からゲットしたチケットは、整理番号9番。えへへ、ばっちり前から2番目。どまんなか。
.ええ、よかったです。良かったですとも。目の前で聴く仙台エリちゃんの声は、とても、かわいかった。とっても、かわいかった〜★いやマジで。
.とゆーわけで、かなり唐突にゆっぴー萌えMAX状態に再突入してしまった為、帰宅したのちにネオランガを見返してしまったのだった。いや、つまんない回はもう、破滅的につまんないけど、全体的にはかなり面白かったんだよね、ネオランガ。放映再開を心待ちにしているのだ〜。
.あ、ついでに言うみたいですが、會川昇さんのトークも、ちと聞き取りづらいことを除けば、面白かった。もっと若造的雰囲気を漂わせているかと思いきや(←勝手な思い込み)、意外や意外、荒俣宏に似てました。
.なんか、今日は、変な人になってしまった。
.本日のBGMは「Born Free」Mondo Grosso。冒頭のJour et nuit 〜 Do you see what I see 〜 Family (Album Edit) の流れ、最高クール!
.一連の、少女まんが映像化関係の話について。ちと特殊事情を記しておくと、僕が色々考えたり書いたりしているのは、じ、実は、僭越ながら、「最高の岡野史佳作品の映像作品を創りたい!」という最終目的に根差しているのであります。そういう意味で、その最終目標に対して、全ての考察は集約されていく方向にあります。まあ、そういうバイアスがかかっているということを、一応記しときます。そうじゃないと、何を「少女まんが」として定義しているのかなどなど、不明確になっちゃうもんねー。つーわけで、最高の岡野史佳作品映像化を成し遂げるためには、鬼にも悪魔にもなってみせる!なんちて!
.翻訳云々の話がくろっくはちさんのサーチ網にひっかかってましたが、うーん、それは、同じ題材で、全く関係ない独立した議論を展開してますね。ああいう議論にはあんまし興味ないっす。だって、全くの技術論なんだもん。そりゃ、悪い日本語より良い日本語のほうがいいよねえ、当然。
.しかし、ということを偉そうに言えるほど、語学が出来るわけではないのが痛いところではあるので(笑)こちらの表現も不適切でした。その他、僕の言いたいことは、くろっくはちさんとほぼ同じですぅ。
.作者が意図した罠ってのが、作品には仕掛けられてんだよね、色々と。んで、それにはまって、作者の意図した路線でしか作品を読めないんだったら、僕にとっては、それがどんなに緻密な読解だとしても、興味の対象外。作られたはずの作品機械が、作者を離れて暴走していくその行く末にのみ、僕の興味は向けられてる。
.ちなみに、これが、僕にとっての「批評」という行為で、作られた作品から作者の意図を組み立てる行為を「注釈学」と呼んでいます。別にどっちが良くてどっちが悪い、じゃなくて、区別している、ってだけです。
.議論に反応があるって、いいなあ。しかも、ちゃんと建設的に発展しているし、議論の連続性も保たれているし。昔、僕は連携日記が大嫌いだったんだけど、こういうのなら、連携日記も大歓迎。
.注)本日の日記は叙述トリックになっております。
.最近、少女まんがの観測をしていないなぁ………。
.今、TVアニメで一番楽しみにしている、聖ルミナス女学院。しかし、今週は作画も動画も崩壊していて非常に悲しい。でも、ここまで崩れていると、思わず笑っちゃって許せるね………!
.今日のBGMは「Dearest」松澤由美。ホシノ・ルリに思いを馳せて、涙するのだった。
.少女まんがにおけるコマ割りなど、そこらへんはもう「まんが言語の解析」で、偉大な先人がいっぱいいるので、あえて立ち入りません。確かに、それは極めて重要な1要素であります。
.「間」などの時間感覚は、映像の方がより強烈に持っていると思うし、それは移植可能なもののうちの1つだと思います。(ただし、それは映像をどう作るかというよりは、編集にまつわる問題です)
.(*そういえば庵野さんほど編集作業を重視しているアニメーション監督は他にいないと言ってもいいかもしれない。というよりは、ほとんど編集だけに頼って作れてしまう人。まさに、アタマの中がサンプラーというか)
.だから、そこらへんはいくらでもやりようがあるんだよね。
.んで、そのレベルで話すならば、確かに、技術的な優劣・成否のレベルのお話になって、それは僕の興味範囲ではあまりないです。僕が興味があるのは、「そうではない何か」であって、一連の話題はその視点で一貫しています。技術的に劣っていても/失敗していても、なにか可能性を感じさせることはあるし、技術的に優れていてもトリビアルな作品は多い。
.さて、いちせさんとのお話の続きです。「耳をすませば」を、原作を生かすかたちで映像化できるかというと、出来たかもしれないけど、広く受け入れられる作品にはならなかったと思います。
.作品を、脚本+映像表現として見るのであれば、「耳をすませば」の原作に対応する脚本は、好きなところ良いところも多いけれど、しかし、あまりに未整理な部分もまた、多いと思います。
.映画が原作の枠組みしか使ってないかというと、全然そんなことなくて、ジグソーパズルを、よりしっくりくるように(いくつかのピースを増減させて)組み替えただけではないかと思います。
.そういう作り方が、誰でも出来るかというと、これまたそんなことは全然なくて、当然そうするだけの必然性(脚本を改変する必要性の認識)と可能性(改変すればより完璧な作品になるという直感)があったからやったわけで、かつ結果的にその作業が成功していると思うので、僕は、近藤監督は、本当に誰にもできないことをやってのけたのだと思っています。
.映画において、なぜ脚本があれほど高価なのかといえば、それが、技術的なものでは如何ともしがたいものを内包しているからです。
.というわけで、映画版はまんが版と別物ではないと思いますが、原作ファンにとっては、その行為自体が作品への冒涜であると感じることもまた、当然でしょう。僕の場合、岡野史佳作品の映像化がされたとして、同様の行為をされたら、監督を殺しかねません。
.そうですね、くろっくはちさんのおっしゃる通りだと思います。ただ、時間感覚を調節できるというよりは、同時性を描くことが出来るというほうが、まんが演出の大きな特徴だと思います。
.僕は基本的に、ほとんど直感の人です。最近書いている内容は、それにプラスすることの、2年くらい前に聴講していたゼミで、少女まんが批評の研究をしていたときに勉強/考察した記憶を元にしています。
.ちなみに、僕の一番好きな少女まんがの映像化作品は、OVA「ぼくの地球を守って」の、6巻の最後の10分間を除いた全て、です。演出・作画・声優・シナリオがほとんど原作のイメージを損なわず、かつ内面描写->音楽/歌という翻訳に成功し、しかもその翻訳が原作のテーマ性に則っていました。完璧。
.………だったんですが、惜しむべきは全部で6巻しかなかったことで、6巻の最後の終わらせ方ですべてを台無しにしてしまったのが、ホントに衝撃的に悲しかったです。ちなみに、ミュージックビデオも最高です。サントラもホントにホントに最高!アニメーションのサントラで1、2を争う出来です。
.またもや、ガサラキ録画失敗〜!死!
.川野みみなさんとの意見の相違は、実はほとんど無くて、要は描写の統一感が、将来の作品要素の統合を感じさせるかさせないか、ということだけですよね?確かに、それを期待させるだけの機能は、ガサラキの演出にはあると思います。(が、僕は別に要素が統合されずに四方八方に飛散しても、それはそれでかまわない人です)
.いちせさんとは、だいぶスタンスが違うように思います。まず、僕は柊あおいファンではなかったので、どちらかというと映画版側の見方しかできないのは、もうこれは前提条件としてはどうしようもないです。
.んで、宮崎駿が原作を愛していたかというと、はっきりいって、これならものになるかもしれない素材、という程度以上の印象はなかったのではないかとは思います。
.「少女まんがの映像化として難しいところをごまかした」というよりは、映像化することが不可能なことを別なものに置換しただけなのでは、と思います。
.そうそう、カレカノ#5はとても面白かったです。
.「心理描写をしない限り違和感がない」というくろっくはちさんの発言は、それは即ち「少女まんがとしては完全に失敗している」ということと殆ど同義ですよね?
.僕は、この作品において、なぜ心理描写が「映像表現」としては失敗し続けているのか、ということにすごく興味があります。心理描写は、感情移入やそれによる没入感覚とは違うと思っています。でも、失敗しているかもしれないですが、チャレンジしていないわけではありません。
.心理描写は、徹底的に、書き文字と内省にまつわる課題です。少女まんがにおける心理描写は映像表現にあるのではなく、徹底的に書かれた言葉による内省です。それは、映像の外にあるもので、まんがが映像作品であるためには排除されなければならないものです。つまり、まんがにおける書き文字というポジションは、まんがの映像作品的な部分にとって常に異質でありつづけます。そしてそれは、まんが以外の映像作品には翻訳不可能な部分でもあります。これが、映画にはならないという理由のほぼ全てです。しかし、同時に少女まんがに何か可能性があるとしたら、書かれた文字の異質性を自覚するしかない、ということもまた確かなように思われます。
.心理描写を、何か別なものに置換してしまうことは出来ます。映像作品において「音楽」、特に「歌」が占める位置は、わりとそのような位置であることが多いという仮説を立てることが出来ます。
.なんか。マクルーハンもう一度という感じが少々してきました。この前、課題のために読んだからかもしれないけど、ちょっとつながる感じがしています。
.良い翻訳と悪い翻訳があります。悪い翻訳は表面上の同一性にこだわるあまり、本質的な部分をまるごと落としてしまいます。良い翻訳は、一見元のものと同じだとは思えませんが、本質的な部分は保存されています。
.映像作品に書き文字を持ち込むことは不可能です。強いて言えば、ナレーションにその役割を重ねることは出来るかもしれませんが、それはすでに書き文字ではありません。「書く=読む」という行為関係と、「話す=聴く」という行為関係は、等価ではありえません。
.そうそう、「ネオランガ」のナレーションは面白い試みでした。しかし、脚本という書き文字の段階で想定していた効果は、おそらく実際の作品では思った通りで機能していなかったのではないでしょうか。
.なぜ映画にはならなくてもTVアニメにはなる可能性があるのかといえば、それはもう圧倒的に制作費/制作本数と市場規模の問題です。
.制作費と対象とする市場を考えれば、作家性、表現手法といったものは、それぞれのそれぞれのメディア自体に、非常に制約されています。映画における表現手法は、TVアニメよりずっと制限されています。僕は、少女まんがの映像表現を考えるにあたって、「低予算=低クオリティであってもTVならば許されるような(いや、TVですら許可されるかされないかぎりぎりのような)表現手法」が有用でありうると、庵野さんが考えたのではないかと思っています。
.「恣意性」は、少女まんがというよりも、少女小説にはもっと極端に現れているものとして見ることができます。つまり、ある種の作品は、作品単体では本当は完結していないのです。何百もの作品のうちの1つとしてのみ、意味がある存在。結末はAでもBでもCでもいいような、作品群。1つはAであり、1つはBであり、また1つはCである。
.それは、どういった条件で成り立つのでしょうか?そして、それは、どこかで見たような構図でもあります。















